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フランシス・ベーコン展「BACON」 [●ART/EXHIBITION]

2013.03.08ー2013.05.26 東京国立近代美術館
2013.06.08ー2013.09.01 豊田市美術館


「灰色の中の頭部」に描かれた顔の部分で
映り込んだ自分がにたりと笑う

[text●h.mariko]

抽象画、といえば、何を思い浮かべるだろうか。
安直だが、私はパブロ・ピカソである。

「泣く女」や「ゲルニカ」を美術の教科書で目にしたとき、「なんだこりゃ?」というのが感想であった。一度精巧につくられたデッサンを崩す意味が、当時の私には理解及ばぬ行為だったのである。
芸術的価値、とか、世界的権威、とかいう言葉に押されて、ふーん、そんなに凄いのか、と思っているだけだった。
いまも、あまり、その気持ちは変わらないのだ。見たままをそのままに描くことでいいのではなかろうかと思ってしまう芸術音痴なのである。


そこで、フランシス・ベーコンである。
名前だけは知っていた。どんな絵画を遺した人なのかは知らなかった。
毎日読む新聞で、ふと彼の絵が目に入った。
あ、観に行かなきゃ、と思った。そうして向かった絵画展なのである。

荒天の予報だったため、日曜といえども人の入りは大したことがなかった。それが幸いしたのかもしれない。
彼は、自身の絵画は「金色の額をはめ、ガラス板で飾る」ことを望んだらしい。この絵画展に寄せられた絵も、購入者や美術館が彼の意志を継ぎ、そのとおりの額装がされているものが多かった。

一見して、思ったこと、それは「違和感」。
色使いのせいもあると思う、大胆にオレンジを塗りたくったと思えば人の顔はビリジアン。そんなものをのっけから見せられては、私のような芸術音痴はやっぱり違和感を感じるのだろう、と思った。

が、なぜか、のっけから、引き込まれた。
彼の作品は「習作」と自らが名づけているものが多い。タイトルはおざなりな感じさえしてきて、言葉よりも絵画の人なのだな、と改めて感じる。
「人体による習作」から「肖像のための習作」へと続き、油絵ながら透明感の在る不可思議な絵をじろじろと眺めた。
「灰色の中の頭部(Head in Grey)」あたりにきたとき、違和感の理由がやっとわかった。

絵画にガラス板。
これ、異様な世界をつくりだすのだ。

通常(と呼べる程私は絵画展に明るくないのだが)、絵画は額装をするが絵そのものが外からの光を受けてしまうので、ガラス板は使わないのではないか。
以前に行った絵画展では、額装こそされているものの、絵画そのものを覆うものはなく、光を受けて油絵の具が凹凸を織りなしているのがみえたものだ。
それが、このガラス板をはめてみると、どうだ。
私が、絵のなかに映り込んでいるのだ。
「灰色の中の頭部」に描かれた男性(と思しき人物)とくっきりと輪郭が重なった自分を見たとき、薄ら寒くなった。
絵のなかに描かれた顔の部分で、自分がにたりと笑う。なかなかない経験である。

私の大好きな童謡に、“メトロポリタンミュージアムへ行き最後、「大好きな絵のなかに閉じ込められた」”という歌詞で終わる曲があるのだが、まさにその心境。閉じ込められたというか重なってしまったというか、歌の主人公(?)と唯一違うのは自ら閉じ込められることを願ったことと、いつのまにか取り込まれてぞっとしているという心境の差か。
それ以降、映り込む自分の姿の滑稽さを楽しむ術を覚えた。
わざと、描かれた人物に重なるようにして立ってみるのだ。
相当に身長が高い人でなければ、少し離れたところに立ち、微調整すれば大抵は「絵のなかに入る」ことができると思う。これが、「違和感」の正体だ。絵と現実との線引きをものすごく曖昧にするガラス板という存在に、私はすっかり翻弄されてしまった。

「スフィンクス習作」のような人物以外の絵も興味深く、絵の透明感が増すよう。
会場では試作的な試みもなされており、彼の絵を「体現」している映像なるものが流れていた。それを観たあと、また最初に戻って、絵を見てほしい、というのが出展者の意図であった。
なるほど、人間の肉体をさまざまな角度からとらえて描き出した作品に、奥行きが見えるようだ。

抽象がなんて、と首を竦めていたはずの私が、いつの間にか絵の前に直立不動して、にやにやしながら絵を眺めていたこの展覧会。
ガラス板の感じ方は人それぞれだとは思う。
まずは、会場で、感じてみてほしい。

おなじチケットで入れた「MOMAT コレクション」もこれまた興味深かったのだが、その話は別の機会に。

OFFICIAL WEB SITE→ http://bacon.exhn.jp/
東京国立現代美術館→ http://www.momat.go.jp/
豊田市美術館→ http://www.museum.toyota.aichi.jp/

芸術新潮 2013年 04月号 [雑誌]

芸術新潮 2013年 04月号

  • 特集「20世紀美術のカリスマ
    フランシス・ベーコンを解剖する」
  • 新潮社
  • 2013/03/25
  • 雑誌

美術手帖 2013年 03月号 [雑誌]

美術手帖 2013年 03月号

  • 特集「フランシス・ベーコン」
  • 美術出版社
  • 2013/02/18
  • 雑誌

フランシス・ベーコン BACON

フランシス・ベーコン BACON

  • ルイジ・フィカッチ著
  • タッシェン・ジャパン
  • 2007/04/15
  • 単行本(ソフトカバー)





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フェルメール・センター銀座「フェルメール光の王国展」 [●ART/EXHIBITION]

2012.01.20ー2012.07.22 Vermeer Center Ginza
Johannes Vermeer(ヨハネス・フェルメール)1632 - 1675

ヨハネス・フェルメール
知れば知るほど不思議な人である

[text●h.mariko]

絵画には、疎い。静物画ならともかく、抽象画なんかになると、もうわからない。これは芸術なのか、それとも私が理解できないだけなのか・・・。できることなら、理解できる芸術に感動したい、と思ってるうちに、絵画にはあまり目が向かなくなってしまった、という切ない理由があるのである。

が、そんな絵画音痴の私が、ひとりの画家に、心奪われた。
ヨハネス・フェルメール、その人である。

もとは、好きな作家の小説にフェルメールの絵画が出てきたことから、“どんな絵なのだろう?”と興味を抱いたことから始まった。絵そのもの、というよりも、文章のなかで美しく静謐に描かれていた絵画がどんなものなのかを知りたい、という欲求に駆られただけなのである。

そうして知った、フェルメール。
知れば知るほど、不思議な人である。

現存している絵画がものすごく少ないため寡作であったことが伺えるともいうが、17世紀のオランダ風俗画家としての地位はすさまじいもので、現在はこの時代を語るにフェルメールは欠かせない存在になった、ようだ。後から知ったことなのだが。

そんなフェルメールの絵を、すべて日本に集めることができないか、と贅沢なことを考え、実現させてしまったのがこの「光の王国展」。
絵画のなかには個人蔵のものもあるので、そう簡単にできるわけがないのだが、実はこれ、複製なのである。あくまで原画に忠実に、最新のデジタル技術で“re-create(リ・クリエイト)=再創作”したものを一堂に集めたものなのである。
まったくもって、贅沢。

油絵独特の盛り上がりというか、立体感を感じることは残念ながらできないのだが、ひとところでフェルメールの作品全てを見る事が出来るのは至福の一時である。

「真珠の耳飾りの少女」の前で彼女の視線をじっくりと眺め、
「牛乳を注ぐ女」の前でゆっくりとした日常を感じ、
「小路」と「デルフトの眺望」、2点しか現存しない風景画の前で立ち尽くす。

会場は大変に盛況であった。
やはり、それだけフェルメールの絵画に魅了される人が多いと言うことなのだろう。
あの恍惚をもう一度味わいたくて、またあの会場に足を踏み入れていそうな自分の予感を感じる今日このごろである。

フェルメール光の王国展
フェルメール・センター銀座
東京都中央区銀座6-11-1 銀座ソトコトロハス館
2012年1月20日(金)~7月22日(日)
10:00~18:00(最終入場17:30)
木・金・土曜日は特別夜間鑑賞開催(1日100名限定/19:00~22:00)
第1、第3月曜日休館(祝日の場合は開館)
大人(高校生以上)1,000円(税込)
小・中学生500円(税込)
特別夜間鑑賞券 3,000円(税込)

OFFICIAL WEB SITE→ http://www.vermeer-center-ginza.com/

真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)
Girl with a Pearl Earring

牛乳を注ぐ女
Jan Vermeer van Delft 021

小路
Jan Vermeer van Delft 025

フェルメール 光の王国 (翼の王国books)

フェルメール 光の王国

  • 福岡伸一著
  • 木楽舎
  • 2011/08/03
  • 単行本


■Related articles
朽木ゆり子著「フェルメール全点踏破の旅」





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大友克洋「大友克洋GENGA展」 [●ART/EXHIBITION]

OTOMO KATSUHIRO GENGA EXHIBITON
2012.04.09ー2012.05.30 at 3331 ARTS CHIYODA


輝き、イメージ、発想力、存在感
すべての絵を舐め回すように眺め
1日中でもそこにいたい
と、どの絵の前でも思った

[text●h.mariko]

世代という発想はあまり好きでない。違うからなんだ、と思うのだ。話が合ったり合わなかったりすることはあるけれど、そんなのはひとつのカテゴリである。べつに年の差があろうがなかろうが、何か共通点があれば、世代なんて簡単に越えられる、そう思うのだ。

大友克洋という存在が、私のなかでは正にそうであった。
マンガ「AKIRA」を知ったのが実に25年近く前のことだが、私のなかでのあの衝撃は昨日のことのように新鮮だ。だから、大友克洋を知ってる人に出逢うと、どんな年代であろうが語り尽くせる自信がある。好き、ということである。
その大友克洋が、デビュー以来初めての原画展を開く、と聞いたときの興奮といったら。それこそ鼻息荒く血が滾る思いであった。
なかなか都合がつかず、行くのを諦めつつあったころ、偶然に時間が取れた。これは、もう天からのプレゼントだと思い、はやる気持ちを押さえて会場に向かった。

入場規制をしながらのチケット制のため、絵の前にぐじゃっと人が固まり全然見えない! という事態を回避してくれたのが、とてもよかった。そして、その混雑を見込んでの大友展であると思うと、さすが、のひと言である。
無理して詰め込んだスケジュールだったが、無理をした甲斐があった、いや、ありすぎた。


会場に足を踏み入れた瞬間、呼吸を忘れた。酸素が薄いのか、と思ったほど。
天井から床まで、真っ白な空間に、空に浮かんだように配列された絵たち。
その存在感たるや、筆舌に尽くし難い。
これは、マンガや、なにかのカバーイラストや、表現のために描かれたものだ。
それが、なんだ、この個々の存在感は。
白色の壁からそこここで訴えてくる強烈な存在たちは、それを受け止め立っているのがやっとというほどのものだった。
1枚のイラストが放つ、輝き、イメージ、発想力、存在感。
すべての絵を舐め回すように眺め、1日中でもそこにいたい、と、どの絵の前でも思った。ときにくる抉るような痛みも、涙腺を刺戟する美しさも、切なさも、どれも本当に愛しい。
これが肉筆の絵なのだ、と感じるのは、額に顔がくっつくほどに近づけてみると、ペンの筋が見えること。ベタ塗りの、枠をはみ出た色。そこに感じる大友氏の影に、私は現実に引き戻される。

カラーイラストもものすごいのだが、マンガ「AKIRA」の原稿には、足が震えた。膝がガクガクするのが解ったほどだ。鼻の奥がツーンとして、涙が込み上げた。
印刷されたものではない、大友氏が実際に描いたものが、今私の目の前にある。さっきは呼吸を忘れ、今度はまたたきを忘れた。網膜にこの絵が焼きつかないものかと思ったほど。忘我の境地とでも言うべきか。

会場を出るころには、ものすごい陶酔感と興奮とが入り交じり、疲れた身体が妙に軽くなった、気がした。

マンガと絵画というと、とても遠い存在同士のような気がする。
マンガは私たちの生活に密着していて、子どものころから手が届きやすいし、実際愛読マンガがある人も多かろうと思う。
が、絵画というと、急に格調高くなるイメージがある。油絵、抽象画、静物画。いろいろあるが、どうも敷居が高いようなイメージを抱いてしまう。あくまで、勝手なイメージだが。
大友氏の絵は、その存在を、くっつけて捻り回して、新たな世界を創り出したのではないか、と思うのだ。
微に入り細にうがつまでに書き込まれた線、イラストの原点。
静物画とも写真とも呼べそうな、鮮明で正確なイラスト。
だが、大友氏の描く世界は、「AKIRA」を含めて抽象的な概念であり、また結論を読み手や見る側に求めさせる才能の持ち主だ。どこか破綻したような世界、ブラックユーモアとも呼べそうな世界観は好みも別れるだろうし。
しかし、大友克洋は、マンガという世界を変えた。
これからも、新しいものを創り続けてくれるのではないかと思う。

語り始めれば切りがない。

OTOMO KATSUHIRO GENGA EXHIBITON→ http://www.otomo-gengaten.jp/
3331 Arts Chiyoda→ http://www.3331.jp/

AKIRA(1) (KCデラックス 11)

AKIRA(1)

  • 大友克洋作
  • 講談社
  • 1984/09/14
  • コミック

AKIRA(2) (KCデラックス 12)

AKIRA(2)

  • 大友克洋作
  • 講談社
  • 1985/08/27
  • コミック

AKIRA(3) (KCデラックス 13)

AKIRA(3)

  • 大友克洋作
  • 講談社
  • 1986/08/21
  • コミック

AKIRA(4) (KCデラックス 14)

AKIRA(4)

  • 大友克洋作
  • 講談社
  • 1987/07/01
  • コミック

AKIRA(5) (KCデラックス 166)

AKIRA(5)

  • 大友克洋作
  • 講談社
  • 1990/11/26
  • コミック

AKIRA(6) (KCデラックス 339)

AKIRA(6)

  • 大友克洋作
  • 講談社
  • 1993/03/15
  • コミック




気分はもう戦争 (アクション・コミックス)

気分はもう戦争

  • 大友克洋作/矢作俊彦原作
  • 双葉社
  • 1982/01/24
  • コミック

童夢 (アクションコミックス)

童夢

  • 大友克洋作
  • 双葉社
  • 1982/06/28
  • コミック




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ホキ美術館 [●ART/EXHIBITION]

写実絵画専門美術館として2010年11月3日に開館

HOKI MUSEUM
約40作家300点の写実絵画を所蔵


07131.jpg

しぜんと
超近くから見たり、離れて見たり
両サイドから見たり
してしまう

[text●k.ryo]

写真集(ホキ美術館カタログ)の始めのページのほうから・・・

スクリーンショット(2011-07-13 10.51.28).png

森本草介「Venus」(常設展ギャラリー8/B2F)
裸婦・・・
女性が見てどう思うかは、わからないけど、
男なら確実に体のラインを目でなぞってしまう
そういった感想が、実際の絵の前に立つと、
まったく恥ずかしいことではないということに思う。
ある意味宗教画のように、女性を絶対的な美のように、
とらえてるような暗黙のルール(?)が、
好き嫌いの分かれ目か


07133.png

青木敏郎「アルザスの村眺望」(常設展ギャラリー8/B2F)
風景画
実際この景色の写真を見ても、
隅から隅まで見るということはないだろう
そのくらいこの画には、ひとつひとつの家、窓、木、葉に、
魅力がある。
人や車は、見えないが、どこを見ても、
生活感や季節感が見えてくる。


07134.jpg

生島浩「5:55」
自分がこの美術館にハマったきっかけの作品。
素人なりにも、
モナリザが歴史に残っている理由が、
少しだけわかるような、吸い込まれる作品。
ベタだが、しぜんと、
超近くから見たり、離れて見たり、
両サイドから見たり、してしまう。
ほんの少し「心ここにあらず」に見える表情が、
指先からも感じる。
2010年完成の作品

何百人の男が、今のこの女性を、
想像してしまうだろう・・・


07135.png

入口の静物画(企画展「時を超えてー静物と風景画展」)
島村信之の「ロブスター(戦闘形態)」も素晴らしい

●ホキ美術館収蔵作家
森本草介/野田弘志/中山忠彦/磯江毅/青木敏郎
原雅幸 大矢英雄/島村信之/生島浩/諏訪敦/石黒賢一郎
五味文彦/小尾修/大畑稔浩/羽田裕/藤原秀一

 李暁剛/塩谷亮/松澤茂雄/横尾正夫/永田英右/木原和敏/藤井勉/福井欧夏

山本大貴/高橋和正/津地威汎/安彦文平/松村卓志/渡抜亮
曽根茂/卯野和宏/
岩本行雄/石田洋一/永山優子/廣戸絵美
中根寛/井澤幸三/向井潤吉/山中雅彦/芳川誠
ほか


千葉県千葉市緑区あすみが丘東3-15
火曜休館(祝日の場合は開館、翌日休館)
大人 1500円 ※一般 5枚つづり券 6000円
高・大学生・65歳以上 1000円
中学生 750円
小学生以下 無料(ただし、小学生2名につき保護者1名つく場合に限る)

OFFICIAL WEB SITE→ http://www.hoki-museum.jp/



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企画展「スウィンギン・ロンドン 50’s-60’s」 [●ART/EXHIBITION]

2010.07.10〜 09.12埼玉県立美術館
「スウィンギン・ロンドン 50’s-60’s 
ミニスカート・ロック・ベズパ-狂騒のポップカルチャー」


型破りでいて創造的
簡素なのにとびきり洒落ていて、ポップであってセクシー、イカれた華々しさ
自由で興奮と熱気に満ちていたスウィンギン・ロンドン

[text●t.minami]

121212.jpg

今年の夏は暑かった。今年は9月が半ばを過ぎても、しつこい暑さとジメジメとした湿気がなかなか去ってくれなかった。2010年夏のガリガ●君の総売り上げはどうやらスゴいことになっていたようだ。プール付き遊園地の屋外プールも今年は例年よりも長い間営業しており、9月になっても送迎バスは連日大混雑。この不景気のなか、一部の業界の方々は猛暑黒字で嬉しい悲鳴をあげていたのではないだろうか。
なんて思っていた矢先に突然暑さが過ぎ去り、肌寒~い秋がやってきた。おまけに激しい雷雨つきで・・・。そんな今年の残暑のせいで休みの日はコンビニへ行くのも億劫になっていた私が先日重い足をひきずり埼玉の北浦和まで行ってきたのは、埼玉県立近代美術館で行なわれていた企画展「スウィンギン・ロンドン 50’s-60’s ミニスカート・ロック・ベズパ-狂騒のポップカルチャー」を鑑賞するため。私のイギリス好き、ロンドン好きは周知のとおりなのだが、なかでも昔から60年代スウィンギン・ロンドンの音楽、ファッション、アートには特に惹かれるものがあり、この展覧会の情報を耳にしたときから必ず行こうと心に決めて楽しみにしていたのだ。仕事の都合でなかなか行く機会を作ることができず、とうとう最終日になってしまったこの日、展覧会最終日につきものの混雑を少し恐れていたが、緑豊かで気持ちのよい北浦和公園に佇む埼玉県立近代美術館(通称MOMA)は、都心の美術館に比べると規模は小さいけれど人の量も少なく、ゆっくりと本展を観て回ることができた。

第二次世界大戦後、急速に経済が復興した1950年代~60年代のイギリス・ロンドンでは、それまで長く築き上げられた大英帝国が過去の栄光となり、若者を中心に新しい文化が花開いていった。街のメインストリートには若者たちが走らせるベスパやモッズ・スタイルやミニスカートで身を固めた若者たちで溢れかえり、音楽、ファッション、アート、建築といったあらゆるカルチャー・シーンの中心にいたのはつねに、斬新で鋭い感覚を持った若者たちだったのである。型破りでいて創造的、簡素なのにとびきり洒落ていて、ポップであってセクシー。街もそこにいる人々もみんなスウィングしていた。

展示室に入りまず目に飛び込んできたのは、スウィンギン・ロンドンを代表する乗り物であるベスパとフロアの中央にある真っ赤なミニ。そして、それを取り囲むように展示されるポケット・トランジスタ・ラジオや、タイプライターといった当時生み出されたアイテムの数々。別のフロアに移ると、60年代のファッションを語る上では欠かせないブランド、マリー・クワントのミニスカートやワンピースドレスをはじめとした当時流行したファッションスタイルが展示され、それと共に60年代を象徴するインテリア・デザインなども紹介されていた。そして本展の見どころでもあったのが、世界三大ギタリストのひとり、ジミー・ペイジの日本初公開となる愛蔵の品の数々。ヤード・バーズ~レッド・ツェッペリン期のステージ衣装や実際に愛用したエレキギターが出品されていたのだが、ド派手な上下ピンクのヴェルヴェットスーツにサイケ柄のブーツ、幾何学的なデザインのギター・・・と、こんなところからもスウィンギン・ロンドンのイカれた華々しさが感じられた。
展覧会自体は小さいながらも見応え十分でとても楽しめたのだけれど、鑑賞後しばらく経つとなんともいえない気持ちでモヤモヤとした。自由で興奮と熱気に満ちていたスウィンギン・ロンドン。この時代の人々はいったいどんなことを考えていたのだろうか。“今”だけを楽しんでいたのだろうか。それとも前を向いて明るい未来を見据えていたのだろうか。あらゆるところで“エコ”の文字が飛び交い、無駄という無駄がどんどん排除され、物の価値が次第に薄れてきている今の時代、すべてが便利になればいいってもんじゃないし、すべてが高品質になればいいってもんでもないし、地球に優しくするってことばかりがすべてじゃないんじゃないのかな、なんてことを考えながら、こんな華々しい時代が訪れることはもうおそらくないのだろうとちょっと物悲しくなった。

■スウィンギン・ロンドン 50's-60's 2010年度開催館
2010.05.22〜07.04 福島/郡山市立美術館
[スウィンギン・ロンドン 50's-60's―ビートルズたちが輝いていた時代]
2010.07.10〜09.12 埼玉/埼玉県立近代美術館
[スウィンギン・ロンドン 50's-60's―ミニスカート・ロック・ベズパ-狂騒のポップカルチャー]
2011.01.29〜03.21 愛知/岡崎市美術博物館
[スウィンギン・ロンドン 50's-60's―ビートルズとその時代]

企画協力■ブレーントラスト→ http://www.braintrust-art.com/
展覧会情報→ http://www.braintrust-art.com/ja/exh/2010/london.html

スウィンギン・ロンドン 50’s-60’s

スウィンギン・ロンドン 50’s-60’s

  • スウィンギン・ロンドン50's-60's 出版委員会・編
  • 梧桐書院
  • 2010/06/01
  • 単行本(ソフトカバー)


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有賀幹夫写真展 「KING OF ROCK'N ROLL 忌野清志郎 NAUGHTY BOY」 [●ART/EXHIBITION]

ライブ写真がかっこいい! そう思わせるアーティスト
近ごろ少なくなったなぁと漠然と思っていた。その1枚で衝撃を受けるような
作品として完成されているような写真を見る機会が
ほんとに減った気がする

[text●u.junko]

“King Of Rock忌野清志郎”

私は彼を語れるほど、彼の音楽や人柄を詳しく知り尽くしているわけじゃない。
ただ、彼がステージに登場すると、その場の空気が一変すること。そして彼の音楽を聴いていると、どうしようもなく引き付けられている自分がいること。それだけは知っている。

「JUMP」を聴くと、なぜかいつも大泣きしそうになるので、私は前からその理由が知りたいと思っていた。そんな意識が偶然を呼んだのか、旅先でたまたま開催していたのがこの写真展だった。

近ごろライブ写真がかっこいいと思うアーティストが少なくなったなぁと、漠然と思っていた。その1枚で衝撃を受けるような、作品として完成されているような写真を見る機会が減った気がする。しかし、この写真展で飾られている忌野清志郎の写真は、ステージ上で暴れまわる姿もレコーディング中の姿も、どれも優しげで、子どものような顔をしているのが印象的。そして、彼がよく言っていた“愛しあってるかい?”の声が写真からも聴こえてくるような作品ばかりだった。そして、写真家が彼を撮ることにとても思い入れや愛情があることが感じられ、微笑ましくもありとても温かい気持ちになる、素敵な写真展だった。

彼の音楽には敵がいる(もちろん、それだけではないけれど)。おかしいものはおかしいと歌っている。でも、そこにはただ攻撃するだけじゃなく、それ以上に他者に対する愛情が感じられて、それが薄っぺらい無責任な発言なんかではないことを、聴き手が素直に信じられるのも忌野清志郎だからこそできることだろうと思う。彼の曲は彼が歌わなければ、まったく別の曲になってしまうほど唯一無二の強烈な個性と一貫したメッセージがあり、それをロックという手段で体現し続けたのである。それも、この先こんなアーティストは出てこないだろうなぁと思わされてしまうほど鮮烈に。

悲しいけれど、もうステージに登場する彼に会うことはできない。けれど、彼の音楽は続いていく。それだけは確信している。

忌野清志郎OFFICIAL WEB SITE→ http://www.kiyoshiro.co.jp/ 

有賀幹夫写真展
「KING OF ROCK'N ROLL 忌野清志郎 NAUGHTY BOY」
http://naughtyboy.mikioariga.jp/
2010.03.26〜04.11・大 阪/道頓堀・中座くいだおれビル4F「studio ZAZA」
2010.05.06〜05.11・東 京/渋 谷・東急本店 7階催物場
2010.08.12〜08.18・北海道/札 幌・さっぽろ東急百貨店 9階催物場
2010.10.21〜11.14.・愛 知/名古屋・名古屋パルコ西館8F「パルコギャラリー」



Baby #1

Baby #1

  • 忌野清志郎
  • EMIミュージックジャパン
  • 2010/03/05
  • CD



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鴨居玲回顧展「没後25年 鴨居玲 終わらない旅」 [●ART/EXHIBITION]

横浜そごう美術館にて2010年7月17日(土)~8月31日(火)まで開催

観ていると心臓がぐちゃりと潰れていくような感覚がした
足元が揺らぐような不安感や絶望感、そして孤独
一目見ただけで、こんなにも苦しくなる絵を描く画家を
私はほかに知らない

[text●u.junko]

視覚や聴覚といった人間の感覚を総動員して、正解のない楽しみ方を思う存分にできるのが美術鑑賞だと思う。たとえば油彩画。人物がふたり描かれていたら、そのふたりの会話の内容や状況、関係性なんかを想像してみる。彫刻なら、触れてみると血が通っているんじゃないかというほどリアルな質感なんかが感じられるとドキドキする。つまり、専門的な知識がなくても、すべての内容を見る者が想像し、勝手な解釈をもって楽しむことができる点が小説や映画とはひと味違った楽しみ方であり、人間の醜さや脆弱さなど、日常なら隠すべき部分があらゆる方法で表現されるのも美術の魅力である。

私にとって、一生のうちにどうしても自分の目で観たいと思い続けていた1枚の絵がある。
それが鴨居玲の「1982年 私」である。
(石川県立美術館所蔵→ http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/

鴨居玲の描く絵には、背景などといった余計な情報がないうえ、とにかく暗く重く、圧し掛かってくるような印象がある。若くして画家として成功し、油彩もデッサンも描けば売れ、数多くの賞だって受賞する。それでも、順風満帆であればあるほど“あれだけ苦労したのに、こんなものか”と自身を追い込んでいく。全体から漂ってくる絶望感や孤独といった闇は、徐々に巨大に膨れ上がっていき、“自画像の画家”と呼ばれた画家自身の顔が、どんどん苦悶し、叫んでいるように描かれるようになっていくのだ。その画家が、みずから命を絶つ数年前に描いのが「1982年 私」である。この絵を目の前にした瞬間、頭が真っ白になり、その場から動けなくなった。

廃兵や酔っ払い、道化師といった、それまで好んで描き続けたモチーフたちが、真っ白なキャンバスの前に呆然と座り込む画家を取り囲んでいるという絵である。“今度は何を描くんだい?”、“まだ何も描いてないじゃないか”とでもいいたげにキャンバスを覗き込んでいる廃兵、そんなことはおかまいなしといった風に、楽器を演奏するチェロ奏者。その中央には絵筆も持たず、背中を丸めている画家がいる。その半開きの口元は“もうこれ以上は無理だ”といわんばかりに、痛々しく悲愴的にこちらを向いている。
この絵を観たとき、晩年の作品全体に色濃く漂っていた死の匂いや不穏な空気は、死に対する恐怖なんかではなく、画家としての自分に対する絶望感だったのだろうと思った。どれだけ描いても満足できない、描こうとしても自身が目指すものが描けない。どうしたら、どうしたらという画家の声が聞こえてくるようだった。それと同時に、それでも描こうとして向かっている目の前のキャンバスの白さには、どこか希望を探しているように感じられ、とても切なくなった。観たいと思い続けた作品に、私はみごとに打ちのめされ、いつまでも想像と解釈を繰り返しては、もう一度見に行こうと心に決めた。

現在行なわれている回顧展では約80点もの作品が展示されているのだが、観ていると心臓がぐちゃりと潰れていくような感覚がした。痛くて苦しくて、涙が出そうになり、順路を進んでいくほどそれは増していく。足元が揺らぐような不安感や絶望感、そして孤独。一目見ただけで、こんなにも苦しくなる絵を描く画家を、私はほかに知らない。

横浜そごう美術館→ http://www2.sogo-gogo.com/common/museum/
鴨居玲回顧展「没後25年 鴨居玲 終わらない旅」

pub_12.jpg一期は夢よ 鴨居玲
瀧悌三著
日動選書 評伝シリーズ 
カラー図版8点/B6判/324頁 
定価:1,890円(税込) 
日動画廊→http://www.nichido-garo.co.jp/



回想の鴨居玲―「昭和」を生き抜いた画家

回想の鴨居玲―「昭和」を生き抜いた画家

  • 伊藤誠著
  • 神戸新聞総合出版センター
  • 2005/06
  • 単行本


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日本独自の前衛芸術「舞踏-BUTOH」 [●ART/EXHIBITION]

その白塗り、裸体、剃髪という奇抜な姿態と
強い情念を感じさせる肉体の細やかな動きに魅了され
初めて“無になる”という感覚を味わった

[text●t.minami]

私が舞踏(暗黒舞踏)と出合ったのはロンドン滞在中に観にいった、パリを拠点に活動する日本の舞踏グループ、山海塾の公演。その白塗り、裸体、剃髪という奇抜な姿態と、強い情念を感じさせる肉体の細やかな動きに魅了され、初めて“無になる”という感覚を味わった。最近では東京・吉祥寺を拠点に活動する舞踏集団、大駱駝艦の公演にたびたび足を運ぶようになり、舞踏の魅力にどっぷりと浸っている。
舞踏舞踏と言っているが、そもそも「舞踏」というのは、60年代に日本のアンダーグラウンドシーンで、舞踊家・土方巽らによって生み出された前衛舞踊、現代舞踊のひとつであり、前衛芸術の括りでもある。アヴァンギャルドな容姿と顔や体を使って感情を前面に表現した一見すると奇妙ともとれるダンスから、当時の日本では正統派のダンスとしては認められず、評価は厳しかったが、三島由紀夫、寺山修司などの文芸人からは絶賛された。
現在でも活動している主な舞踏グループとしては、先述の山海塾、大駱駝鑑、大野一雄舞踏研究所などが有名だが、1980年以降パリ市立劇場を拠点として活動を続ける山海塾、1982年にアメリカン・ダンス・フェスティバル、アヴィニヨン・フェスティバルに参加し高い評価を受けた大駱駝鑑により、近年ヨーロッパやアメリカでは舞踏への関心が高まり、「BUTOH」と呼ばれ、海外では外国人の舞踏グループの活動も目立っている。実際に日本での公演で海外からの観客が多いのには驚かされた。また、大駱駝鑑の公演では演目により使用される音楽も、フリージャズ、プログレ、カントリー&ウェスタン・・・、と多岐にわたり、音楽との結びつきも非常に密接である。
音楽がCDから配信へと変わり、本や雑誌が電子データとして移り変わりつつある今、物の価値や重要性が問われるなかで、絶対にデータにはできないもの、そういうものが求められる時代がきているのかもしれない。日本が海外へ誇る芸能・文化のひとつである暗黒舞踏を今こそ見直す必要があるのではないだろうか。

山海塾
OFFICIAL WEB SITE→ http://www.sankaijuku.com/ 
大駱駝艦
OFFICIAL WEB SITE→ http://www.dairakudakan.com/ 
大野一雄舞踏研究所
OFFICIAL WEB SITE→ http://www.kazuoohnodancestudio.com/ 



天賦典式―大駱駝艦

天賦典式―大駱駝艦

  • 大駱駝艦
  • 光琳社出版
  • 1999/01
  • 単行本

麿赤兒 ガドウィンの河を渡るとき

麿赤兒 ガドウィンの河を渡るとき

  • 宮内文雄(写真)
  • 武田ランダムハウスジャパン
  • 2007/12/20
  • 単行本

土方巽の舞踏―肉体のシュルレアリスム 身体のオントロジー (CD-ROM付)

土方巽の舞踏
―肉体のシュルレアリスム 身体のオントロジー
(CD-ROM付)

  • 岡本太郎美術館・慶応義塾大学アートセンター編
  • 慶應義塾大学出版会
  • 2003/12
  • 単行本

舞踏(BUTOH)大全―暗黒と光の王国

舞踏(BUTOH)大全―暗黒と光の王国

  • 原田広美著
  • 現代書館
  • 2004/09
  • 単行本


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のぎすみこ展「やくたたず」 [●ART/EXHIBITION]

ヒトやモノやコトを
ゆるやかに引き寄せておもしろいカタチを創りだす
のぎすみこの「ひつじのさんぽ」をみにいこう
[TEXT●K-Ray]

不明.jpg
photo by matron(2008)

のぎすみこさん、インスタレーション作家。
もうずいぶんむかしに知り合ったヒト。

ゆるやかに、ほんとにゆるやかに、
ヒトやモノやコトを引き寄せておもしろいカタチを創りだすヒト。

6、7年ぶりにヨコハマで再会して、
放置自転車でつくったオブジェをみて、
彼女の代表作のひとつ、
「ひつじ」の「さんぽ」をみて、

なんだか相変わらずの磁力に「すげーなー」って思ってたら、

それは2年前だったね、
とメールが届いた。

広尾のギャラリー「OUT of PLACE」で開催中の個展の最終日に、
久しぶりに「ひつじ」が「さんぽ」するからみにくるように、
「さんぽ」に出たまま、またどっかに旅立っちゃうから、
見送りにきてね、
という内容。

彼女は、オブジェもつくるし絵もかくし、映像もてがけたり、
舞台美術もこなしたり、女優もやるし、パフォーマンスも得意で、
さんぽもみせる。

それらの作品から最新作までを展示している、
広尾のギャラリー「TOKIO OUT of PLACE」での個展は、
4月24日(土曜日)まで。

「ひつじ」は、その最終日の、
午後5時30分ころから「さんぽ」に出かけるらしい。

どうぞご一緒にゆるりと「さんぽ」を楽しみましょう。

のぎすみこ「やくたたず」展
広尾「TOKIO OUT of PLACE」にて
3月26日〜4月24日(土)まで
パフォーマンス『ひつじのさんぽ』byのぎすみこ
4月24日(土)17時30分頃~
会場(お問い合わせ先)
TOKIO OUT of PLACE
http://outofplace.jp/TOKIO%20OoP/Top%20%20%20.html
106-0047 東京都港区南麻布4-14-2 麻布大野ビル3F
tel・fax 03-5422-9699

のぎすみこH.P
http://www.nogisumiko.com/

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